大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福岡高等裁判所 昭和36年(う)250号 判決

控訴人 被告人 有吉辰己

弁護人 荒木新一 外三名

検察官 堀口春蔵

主文

本件控訴を棄却する。

当審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、記録に編綴の弁護人荒木新一提出の控訴趣意書及び弁護人和智昂、同和智竜一、同武井正雄連名提出の控訴趣意書に記載のとおりであるから、これを引用する。

弁護人荒木新一の控訴趣意第一点、第五点及び弁護人和智昂外二名の控訴趣意二について。

所論は、電工北崎謙吾が局部扇風機の防爆型スイッチの蓋を開放して点検操作し同扇風機の運転を再開したため、三尺払大肩部の天井際に滞留していた約一〇パーセントの可燃性ガスが三尺払風道に流出し、同人がスイッチを操作した際発生した火花が右ガスに引火して爆発を惹起した事実を肯定すべき確証は全く存在しないと主張する。

しかし、原判決挙示の各証拠によれば所論の原判示事実は優に認められ、更にこれを敷衍すれば次のとおりである。

すなわち、挙示の各証拠に当審証人折増信也の証言を参酌すれば次の各事実が認められる。

一、被告人は昭和三二年九月一五日午後一〇時頃丙方として貝島炭礦株式会社大之浦礦業所新菅牟田坑に入坑し、翌一六日午前四時五〇分頃自己の担当区域である西卸右一片三尺払を巡回中同払大肩部に設置してある電動局部扇風機(炭坑において単に局扇と呼ばれているので以下局扇と略称する)が停止しているのを発見しまた附近に居た採炭夫荒毛勝雄から局扇のスイッチを操作しても回転しない旨告げられたので、同五時三〇分頃同坑内左零片にある電工詰所に赴き電工北崎謙吾に対し、「払の局扇のスイッチがはいらないから見てくれ」と言つてその点検修理を依頼し、同人は間もなくやつて来て右一片三尺払風道を通り局扇の設置されている大肩部の方に上つて行つたが、すぐケーブルを調べながら「局扇が回らんから故障だろう」と言つて同風道を下つて行き、それから約二〇分を経過した同五時五〇分頃本件爆発が起つたのである。

二、爆発当時、右大肩部より一四、八米隔てた三尺払風道の木枠に取付けられていた局扇用防爆型スイッチは蓋が取外され、その下方盤上に右蓋と取付用ボールトナット、テープ、導線、電工用スパナ等が整然と置いてあつて、これは一見して電工の仕業であることが明瞭に看取されたのである。

三、三尺払風道内にあつて爆発により遭難した一二名の坑員中電工北崎謙吾が一番最後に助け出されたことと、同風道内に爆風で吹飛ばされて散乱していた一二名の坑内帽子のうち同人着用の帽子が右スイッチに一番近い箇所に落ちていたこと等よりして、爆発当時同人が最もスイッチの近くに居たことが窺われる。

四、三尺払及び同風道においては、当時防爆型スイッチ以外のケーブル、モーター、エンヂン類、スイッチ等すべての電気施設に異常なく、三尺払炭壁のダイナマイトは装填されたままで発破も行われておらず、またマッチ、たばこ等持込禁止品を携帯して入坑した者も存しないことよりして、他に火源となるべきものが認められなかつたのである。

五、爆発当時電源は遮断されておらず、防爆型スイッチは「切」になつていて、スイッチは「入」の時より「切」の時に多く火花を発するものである。尤も、スイッチが火花を発すれば接触点の金属が溶解して異常を呈するものなるところ、右スイッチにはかかる異常の有無を確認し得なかつたが、それは金属の種類によつては溶解しない場合もあるから、異状の有無が判明しないからといつて火花を発していないとはいわれないのである。

六、電工は防爆型スイッチの修理を完了すれば必ず修理ができたかどうかを試験し確認するのが通例であり、そのためにはスイッチを入れて局扇を試運転する必要があるのである。

七、本件防爆型スイッチの外部左側と内部右側及び取付枠の左側に多くの炭塵が附着し、また右スイッチから九本目乃至一一本目位の坑木に炭塵附着の割合がひどく、爆風は大肩部の方から吹付けて来たものと認められるのである。

八、三尺払風道内は常時毎分風速四九米、容積二〇六立方米の気流いわゆる親風が三尺払、同大肩部を流通している関係上、局扇が停止しても大肩部より一四、八米隔てた三尺払風道内に取付けてある防爆型スイッチ附近に濃厚な可燃性ガスが滞留することはなく、右ガスの含有量は通常僅か〇、二パーセント乃至〇、三パーセントに過ぎないところ、大肩部天井際は右親風の死角に当つているため局扇が停止すれば約一時間後には濃度一〇パーセント以上の可燃性ガスが風道壁沿に約二、六米、三尺払面沿に約一、七米、天井より約〇、四五米の厚さで三角垂状に滞留し、時間の経過と共に濃度は幾分増加するが容積は殆んど拡大しないのである。ところが、エア、ヂエットを使用して右滞留ガスを拡散すれば一分後には濃度三、五パーセントの可燃性ガスが三尺払風道に吹きやられて防爆型スイッチ附近に流出することが爆発直後の実験により認められたが、エア、ヂエットの排気能力は局扇のそれより著るしく劣つており、しかも当時大肩部天井際に滞留していた可燃性ガスの濃度は一層大であり、局扇を使用して右滞留ガスを拡散すればスイッチ附近に流出する可燃性ガスの含有量は更に濃厚であつて、その所要時間も減少することが窺われる。

以上一乃至八の各事実に、鑑定人荒木忍作成の鑑定書記載の、(1) 爆発地点は風道詰(大肩部)から風道出口に向い約一五米の間にあり風道詰附近において強い爆発が生じたものと認められる、(2) 爆発原因は風道詰からスイッチ附近までの間に停滞していた五パーセント以上の濃厚なメタンガスにスイッチのスパークが着火し、メタンガスは風道詰の方向に燃焼し次いで風道詰附近で大量の爆発限界内のメタンガスを燃焼させたものと考えられる、(3) 局扇が止まつたため爆発限界内である濃度五パーセント以上のメタンガスがスイッチの位置まで停滞していたかまたはスイッチを入れたため局扇が運転を開始して右メタンガスがスイッチの位置に流動し、スイッチを切つた際これに着火したものと推定される、(4) 監督部の調査によれば火源と考えられる発破、喫煙、自然発火、コンベヤー、モーター類、検定灯、帽上灯の異常等によるものでなく、爆発の火源は局扇のスイッチと考えられる、スイッチは入れた時より切つた際に火花を発生する頻度が多きいから、試験的にスイッチを入れた後これを切つた際発生した火花によつてメタンガスに着火したのでないかと考えられる、とある点を併せ考察し、更に原判決挙示の各証拠を彼此綜合すれば、三尺払大肩部に設置されていた局扇が約二時間運転を停止していたため、含有量一〇パーセント以上の濃厚な可燃性ガスが大肩部天井際に風道壁沿に約二、六米、三尺払面沿に約一、七米、厚さ約〇、四三米の三角垂状に滞留していたところ、電工北崎謙吾が大肩部より一四、八米隔てた三尺払風道木枠に取付られた局扇用防爆型スイッチの蓋を開放して点検修理した後、試験的に右スイッチを入れて局扇の運転を再開したため、大肩部天井際に滞留していた濃厚な右可燃性ガスが一時に三尺払風道に吹きやられ含有量五パーセント以上の可燃性ガスが右スイッチ附近に流出した折柄、同人がスイッチを切つたため火花を生じこれが右ガスに引火して爆発を惹起した事実を肯認するに十分である。そして、前叙の如き各種認定事実を基礎としこれに他の証拠を参酌して、電工北崎謙吾が防爆型スイッチの「入」「切」の操作をした事実並びにこれがため火花を生じ流動して来た可燃性ガスに引火して爆発した事実を認定することは結局適法な証拠に基く判断であつて、所論の如く単なる推定の多段的累積とはいい難く毫も違法とはいわれない。記録を精査しても原判決に所論の如き採証法則の誤、事実誤認は存しない。論旨は理由がない。

弁護人荒木新一の控訴趣意第二点、(一)乃至(四)、第三点、(一)乃至(四)の(イ)及び弁護人和智昂外二名の控訴趣意一の(3) のイ、ロ、ハ、ニ並びに四、五について。

所論は、(イ)排気側における防爆機器の開放と坑内における活線作業が法規上厳禁されていること、(ロ)局扇の運転が法規上保安係員の専掌事項とされていること、(ハ)局扇の停止により三尺払大肩部に可燃性ガスが滞留することはいずれも電工北崎謙吾において十分諒知していたものであり、しかも、(ニ)局扇の運転を再開してこそ滞留ガスが流動し危険発生の虞を生ずるものであるから、被告人が局扇の修理を依頼する際同人に対し(イ)乃至(ニ)の事実を注意する必要がないのは勿論、その修理に立会つて監督する必要はなく、従つて同人の右法規違反行為について被告人に対し過失の責を問うべきものではないと主張する。

被告人が昭和三二年九月一六日午前四時五〇分頃右一片三尺払を巡回中同払大肩部に設置してある局扇が停止しているのを発見し、また採炭夫荒毛勝雄から局扇のスイツチを操作しても回転しない旨告げられたので、同五時三〇分頃左零片にある電工詰所に赴き電工北崎謙吾に対し「払の局扇のスイツチがはいらないから見てくれ」と言つてその点検修理を依頼した後、同人が右一片三尺払風道を大肩部の方に上つて行くのを見届けて自らは水力充填警戒方監督のため右一片三尺ゲート坑道に赴いたことは前段説示のとおり挙示の証拠によりこれを認めるに十分である。

そして、原審証人西鶴時雄、当審証人折増信也、同藤井七治の各証言によれば、局扇が停止しても、いわゆるリレーが働いた場合、すなわち、過負荷のためスイツチの接点が自動的に切れた場合は釦を押せば接点がつながり運転を始めるから、これが故障、修理に当らないことは勿論であるところ、電工は局扇が停止したためその点検修理を依頼さるれば先ずケーブル、ヂヨイント、親スイツチ等につき外形検査を実施して故障を発見しないとき、更に局扇用防爆型スイツチを開放してこれを点検し修理するものなることが認められる。従つて、坑内保安係員が電工に対し停止した局扇の点検修理を依頼した場合は、防爆型スイツチの開放、点検、修理にまでいたることが右依頼の趣旨に副うものといわねばならない。尤も、防爆型スイツチは坑内においては入気側等安全な場所で坑内保安係員の許可を受けた場合でなければ開放することができないことは大之浦炭礦保安規程第一三二条二号に定められており、有資格者たる電工北崎謙吾が右規定を諒知していたことは所論のとおり否み難いところである。しかし、坑内保安係員のなす局扇の修理依頼には通常防爆型スイツチの開放、点検、修理もまた包含されており、しかも右スイツチは同係員の許可があれば坑内において開放し得ることは前叙のとおりであるから、坑内保安係員である被告人が電工に対し「局扇のスイツチがはいらぬから見てくれ」と漫然その点検修理を依頼すれば電工は該依頼により右スイツチの開放までも予め許容されたものと速断して同スイツチの開放、点検、修理にかかる危険なきを保し難く、従つて電工に局扇の点検修理を依頼する場合には、防爆型スイツチの開放は特に許可がなければ許されないことを注意し以て万一の危険が発生しないよう努むべきものといわねばならない。

次に、坑内における活線作業は石炭鉱山保安規則第二二七条により厳禁されているところにして有資格者である電工北崎謙吾がこれを諒知していたことは否み得ないから、同人が防爆型スイツチの開放、点検、修理に際し右規則に違反して電源を遮断しなかつたことは専ら同人の過失というべく、被告人が予め同人にこれを注意しなかつたとしても注意義務懈怠の責があるといわれないことまことに所論のとおりであり、原判決もまたこの点につき被告人に過失があるとは断定していない。

更に、局扇の運転並びに停止は専ら坑内保安係員がこれを操作しなければならないことは石炭鉱山保安規則第一〇四条、大之浦炭礦保安規程第五九条の四に規定されているところにして、それは局扇の用途と機能に照らしその停止、運転が附近における可燃性ガスの滞留、移動をもたらし延いては爆発の原因となる危険があるため、これを保安係員の専掌事項としていることが看取される。ところが当審証人折増信也の証言によれば局扇の修理を依頼された電工は修理手続を終了すれば必ず修理ができたかどうかを試験し確認するのが通例であることを認め得るのみならず、機械修理と終了後の試運転が不可分の関係にあることはまた実験則の示すところであるから坑内保安係員より局扇の修理を依頼された電工は修理に必然的に随伴する試運転が許容されたものと解してこれを行う虞なきを保し難いものといわねばならない。

そしてまた、原判決挙示の各証拠によれば西卸右一片三尺払大肩部天井際は三尺払を常時流通している毎分約二〇六立方米の気流いわゆる親風の死角に当るため多量の濃厚な可燃性ガスが滞留する関係上、局扇を使用してこれを拡散していたのであるから、局扇が運転を停止すれば右天井際に濃厚な可燃性ガスが滞留し、局扇の運転を再開すれば右滞留ガスが一時に三尺払風道に流出し同所に設置してある附爆型スイツチ附近に流動して危険発生の虞があることは坑内保安係員たる被告人においてその職務の性質上最もよく諒知し或は予見し得たものであり、電工北崎謙吾は右ガスの滞留、移動の原因、状況については極めて知識が乏しかつたことが認められる。

従つて、被告人は坑内において電工に局扇の修理を依頼した場合たとえ電工において局扇の操作が本来保安係員の専掌事項なることを諒知していたとしても、なお局扇の停止、運転による可燃性ガスの滞留、移動の危険を告げて修理後における局扇の試運転すら勝手にしてはならないことを注意すべきものといわねばならない。

かように、坑内保安係員は電工に対し局扇の点検修理を依頼した場合、(イ)防爆型スイツチの開放は特別の許可がない限り許されないことを注意すべく、しかも同係員がその開放を許可するためには必ず可燃性ガスの測定その他安全を確認しなければならないこと(大之浦炭礦保安規程第一三二条)、(ロ)局扇の運転は修理に必然的に随伴する試運転と雖法規上電工に許されないことを注意すべく、しかも局扇の試運転をなす場合は係員が予め及び爾後において附近における可燃性ガスを測定して危険のないことを確認しなければならないこと(石炭鉱山保安規則第一〇四条)、(ハ)更に三尺払大肩部に設置されている局扇が停止した後その運転を再開すれば大肩部天井際に滞留している濃厚な可燃性ガスが一時に流出して危険発生の虞があることを告げて試運転を厳禁すべきこと等、保安係員が電工に告知すべき注意事項は多岐多様であつて場合に応じ異つており、予め一時にこれを指示してもその徹底を期し難い状況にあることと、電工が右注意事項を厳守して迅速且つ適正に局扇の修理を完了するためには修理を依頼した係員において可燃性ガスの測定等迅速に履践すべき職務が不可分的関係において存在していることに鑑みれば、直接坑内保安の重責に任ずる保安係員は局扇の修理に立会つて電工を監督し、必要に応じ前示各注意事項を指示し以て万一の危険発生を防止すべきものといわねばならない。保安係員が職務上自己の管理に属し坑内の保安確保に重大な機能を果している局扇の修理を電工に依頼し乍ら、前叙の如き各注意事項を予め指示しただけで自らは他の職務に従事して修理の進捗を挙げて電工に一任し、可燃性ガスの測定、試運転等修理に必要な保安係員固有の職務を要するときは坑内作業場の何処に居るか判らない保安係員を探し出して修理現場に同行した上その指示と処置を仰ぐよう電工に要求することは、修理依頼を受けた電工に対して不当に過重な労力と手数を科するものにして、これがすなわち、局扇修理に際し電工の厳守すべき各種注意事項を怠慢に導く強い誘引であると共に、本来急速を要する局扇の修理と運転再開を遅延せしめ延いては坑内保安に危険をもたらす原因であることを銘記しなければならない。かようなわけで、石炭坑内において可燃性ガスを拡散している局扇が運転を停止したため、坑内保安係員が電工にその点検修理を依頼した場合には、自ら修理に立合つて監督し、防爆型スイツチの開放、局扇の試運転等につき必要な指示を与え、以て試運転に基く可燃性ガスの移動による危険の発生を防止すべき業務上の注意義務があるものといわねばならない。

然るに、被告人は電工北崎謙吾に対し漫然「局扇のスイツチがはいらぬから見てくれ」と言つてその点検修理を依頼したのみで同人を単身修理に当らしめて自らは水力充填の警戒方監督に赴き、修理に立会い監督して前示注意事項を指示することを怠つたのは勿論、予め右注意事項を告げなかつたのみか、却つて荒毛勝雄、植松一、正入木滝雄及び被告人の検察官に対する各供述調書により認め得る如く、局扇が停止した場合における運転再開は保安係員でない坑員が誰でも随時これを行うことを平素許容し指示していたため、電工北崎謙吾が局扇の停止、運転による可燃性ガスの滞留、移動に気付かず、防爆型スイツチの開放までも許容されているものと速断して無断これを開放して点検修理した後、自ら局扇の試運転を行つたため三尺払大肩部天井際に滞留していた濃厚な可燃性ガスが一時に三尺払風道に吹きやられてスイッチ附近に流出し、スイツチを切つた際発生した火花が右ガスに引火して爆発を起したものであるから、電工北崎謙吾の過失もさることながら、被告人もまた前示業務上の注意義務を怠つた過失の責を免れないものといわねばならない。論旨引用の判例は事案を異にし本件に適切でない。そして、原判決は所論の如く各種の場合を想定して局扇停止時間の確認、ガス滞留状況の確認、送電停止、労働者の待避、可燃性ガスの排除等各種注意義務を挙げており、しかも原判決想定の事情の下においてはかかる注意義務を要するものというべきところ、判文を熟読すれば被告人の過失は右各種注意義務の懈怠にあるのではなく、畢竟前叙の如き指示、監督を怠つたことに帰することを窺うに十分であり、記録を精査しても原判決に所論の如き事実誤認、法律解釈の誤は存しない。論旨は理由がない。

弁護人荒木新一の控訴趣意第三点、(四)の(ロ)及び弁護人和智昂外二名の控訴趣意三について。

所論は、被告人が局扇の修理を依頼した際、被告人担当の西卸右一片における採炭跡の水力充填が開始されようとしており、これが警戒を怠れば落盤、通気遮断等の重大事故を惹起する危険があるので被告人はその警戒方監督のため三尺ゲート坑道に赴いたものであるから、局扇の修理に立会わなかつたのは已むを得ない措置であつて毫も責むべき点は存しないと主張する。

なるほど、原判決挙示の証拠に当審証人牧仁郎の証言を参酌すれば、被告人が電工北崎謙吾に局扇の点検修理を依頼した際、時恰も被告人担当の西卸右一片にある採炭跡の吹込式水力充填が開始されようとしており、しかも該水力充填はその方法を誤らんか落盤、通気遮断等重大事故を惹起する万一の危険なきを保し難く、従つてその警戒を厳重にしなければならないこと及び被告人が右修理依頼後水力充填警戒方監督のため三尺ゲート坑道に赴いたことは所論のとおり認められる。

しかし、原判決挙示の証拠によれば右水力充填の警戒にはそれぞれ係員があつて被告人が始終現場に在つて右警戒方を監督しなければならない状況にあつたものとはいわれないのみならず、当時水力充填作業は一刻も猶予できない程緊急を要したものではなく、暫時これを猶予してもさして支障のなかつたことが認められる。従つて仮りに若し被告人が右充填作業現場を離れることに不安を感じたならば、水力充填の開始を暫時それも僅か一〇分か二〇分の短時間延期しておいて先ず局扇修理の現場に赴きこれに立会監督してその修理を完了した後水力充填の開始を指示するのが適切な措置であつたものというべきところ、被告人の検察官に対する各供述調書によれば被告人は不注意にも局扇修理の立会監督が極めて喫緊且つ重大なることに思を致さず漫然これを放任し剰さえ電工北崎謙吾に前段説示の各注意事項を予め指示することもしないで水力充填の警戒方監督に赴いた事実が認められるから、被告人が右警戒方監督に赴いたことは毫も局扇修理の立会監督を怠つたことを正当化するものではない。論旨は理由がない。

弁護人荒木新一の控訴趣意第四点及び弁護人和智昂外二名の控訴趣意一の(4) について、

所論は西卸右一片三尺払大肩部の盤上に設置されたエア扇風機が運転を停止しても右エンジン附近まで濃厚な可燃性ガスが滞留することはないと主張する。

なるほど、原判決挙示の証拠によれば三尺払には常時毎分二〇六米立方米の気流いわゆる親風が三尺ゲートを経て同払を通り三尺払風道に流れているため、右扇風機が運転を停止しても大肩部盤上に設置されたエンヂン附近に濃厚な可燃性ガスが滞留するものでない事実が認められる。然るに原判決が右エンヂン附近に前示ガスが滞留していたと判示したは事実を誤認したものであるが、この誤は判決に影響を及ぼすものとはいわれないから原判決破棄の理由とはならない。

次に所論は、三尺払大肩部附近の天井際一帯に亘つて可燃性ガスが滞留したことはなく、またそのため同払における発破作業や電気機器の操作ができないことはなかつたと主張する。

なるほど、原判決挙示の証拠によれば濃い可燃性ガスが滞留した箇所は大肩部の風道壁沿に約二、六米、三尺払面沿に約一、七米、天井より厚さ約〇、四五米の三角垂状の範囲であり、そのため発破作業や電気機器の操作ができないのは右三角垂状の下方附近だけであることが認められる。然るに原判決が所論の点を肯定的に判示したのは措辞些か適切を欠く憾があるが、挙示の証拠と対照すれば畢竟右と同趣旨なることが窺われる。論旨は理由がない。

また所論は、採炭作業が進行し三尺払の面が延びても大肩部に滞留する可燃性ガスの量は増加しないと主張する。

しかし、原判決挙示の証拠によれば三尺払の長さが増加すれば大肩部に滞留する可燃性ガスの濃度が若干増加することは否み難いところにして、原判決もまたこの趣旨であることが窺われる。論旨は理由がない。

そこで、刑事訴訟法第三九六条に則り本件控訴を棄却し、当審における訴訟費用は同法第一八一条第一項本文により被告人に負担させることとする。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 藤井亮 裁判官 中村荘十郎 裁判官 臼杵勉)

弁護人荒木新一の控訴趣意

第二点原判決が北崎謙吾の行為につき被告人に過失責任を認定したことは誤認である。

(一) 仮りに本件が、原判決認定の如く局扇スイツチのスパークに基因するものとするもそれは局扇スイツチを修理していた電工北崎が、(イ)排気の気流中において防爆機器の蓋を開放したこと、(ロ)活線作業をしたこと、(ハ)局扇スイツチの「入」「切」をしたことにあるのであつて、若し北崎が斯る行為をしなかつたならば本件事故の発生を来すことはなかつた筈である。然らば右北崎の行為に対し被告人に如何なる注意義務の懈怠があつたかを検討する。

(二) 先ず排気の気流中に於て防爆機器を開放することは法規により厳に禁止されているところである。即ち石炭鉱山保安規則第一九五条によれば、電気工作物に関する保安については左の事項についてその細目を保安規程に定めなければならない。

(中略)

七、防爆機器の取扱に関すること

とあり、之れに基き大之浦炭礦保安規程第一三二条第二号には、防爆機器は坑内で開放してはならない。但し入気側等安全な場所で坑内保安係員と認めた場合電気保安係及び電工が行うときはこの限りでないと規定しておる。而して北崎電工は有資格者であり、電気保安に関する之れ等の諸法規については教育を受け国家試験に合格した者であるから(昭和二四年八月一二日通商産業省告示第五一号)前記保安規程第一三二条は十分之れを知悉して居たものである。斯くの如く有資格者電工たる北崎の専門事項に関し、然もそれが法規上規律せられた事柄については、電工北崎に法規遵守の義務があり坑内保安係員たる被告人に於て、更めて之れに注意を与えるの要はあるまい。北崎が法規に違反し防爆機器の蓋を開放した場合、その法規違反の責任は北崎のみが負担すべきであつて、被告人が北崎に対し法規遵守の注意を与えなかつたとするもその責任を追及すべきでない。若し斯る場合、北崎に注意しなかつたことによる被告人の責任が追及さるるとすれば、それは独り被告人のみに止るべきでなく、北崎の上司は社長に至るまで悉くその責任が追及せられねばならぬ理となり、その不合理なること論を俟たないであらう。反対に北崎の上司が責任を追及されないのは、之等上司に対し有資格者電工としての北崎が法規違反をすることの予想を期待出来ないからであつて、換言すれば、北崎の法規違反行為と之等上司が北崎に注意を与えなかつたことの間に因果関係が中断さるるからに外ならない。同様に、北崎の法規違反行為と被告人が注意を与えなかつたこととの間は、前記法規の存在によつて因果関係が中断されるべきであり、即ち被告人は北崎に対し法規遵守の注意を与える必要もなく、又之れを与えなかつたからと云つて、その責任が追及せらるべきでない。

(三) 次に本件事故発生の根本原因は、電工北崎が活線作業をしたことに基因する。即ち局扇スイツチに電流が通じていた事実は、事故発生後たる十六日午前七時十五分西鶴時雄が局扇スイツチの電流を調査した際「入」の状態であつたことにより明白であり(受命裁判官の西鶴時雄に対する証人尋問調書)、従つて北崎電工が活線作業をしていたことは、之れを動かすことの出来ない事実としなければならぬ。右の如き活線作業は、石炭鉱山保安規則第二二七条により厳禁されているところであつて同条によれば、坑内において電気設備の充電部の修理をするとき、又は裸充電部に接触するような検査等の作業をするときは、電気保安係員又は第三八条第一項第二号の作業に関する有資格者の内電気保安係員の指定した者は、その電源を遮断しておかなければならない(昭和三四年二月一〇日の改正により電気保安係員が当該係員と改正)と規定されており、有資格者たる北崎電工は防爆機器に関する法規と同様十二分に之れを知悉して居る筈である。然も斯る修理の場合に於ける電源の遮断は、有資格者たる電工の法規上の責務であるから、坑内保安係員たる被告人と雖も之れに容喙するの限りでない。即ち被告人は電源の遮断につき北崎に注意するの要なく又之れを注意しなかつたからと云つて北崎の法規違反行為につき責任がないこと前記防爆器に関する場合と同様である。

(四) 更に北崎が局扇スイッチの「入」「切」をしたことが被告人の責任を追及する原因となるべきでない。石炭鉱山保安規則第一〇四条石炭坑において局部扇風機により通風するときは、当該係員左の各号の規定を守らねばならない。第三号によれば、坑内保安当該係員は、第三号電動局部扇風機が運転を停止した後運転を再開するときは可燃性ガスの測定をし、危険のおそれがないときでなければ運転を再開しないことと規定され、局扇の再開は保安係員の専行とされているのである。然らば当該係員が局扇の故障を発見し、電工に修理を依頼する場合は、常に電工に対し右当該係員に於て運転を再開する旨の注意を其の都度与えねばならないであろうか。凡そ、有資格者たる電工は、電気機器の取扱其の他に関する法規の教育を受け、国家試験に合格したものであること前掲の通りである。従つて有資格者たる電工は、右規則を十二分に承知しており、局扇の修理を終えて運転再開の状態に立至つた場合に於ては、速に当該係員に連絡し、当該係員をして之れを再開せしむるのであつて(受命裁判官の藤井七治、原悟、西鶴時雄等に対する各証人の尋問調書)当該係員は特別の場合を除き、修理依頼の都度電工に注意するの要なく、又、電工の修理に立会するの要がない。故に本件に於いて北崎は、修理上又は修理修了後運転再開(試運転を含む)の必要がある場合は、速に当該係員たる被告人に連絡し、被告人をして運転を再開さすべきに拘らず、斯る連絡を怠りスイツチの「入」「切」を独断専行したのは、同電工の法規違反行為であり、同電工の斯る法規違反行為につき被告人が責任を負わさるべきでない。何となれば、責任能力者であつて、然も数育を受けた同電工の法規違反行為は、通常人の予想し得ないところであつて、被告人も亦之れを予想し得ざることにつき過失がないからである。若し被告人に責任ありとするならば、前記(二)と同様北崎電工の上司は、凡て被告人と同様の責任を負荷せらるべきでありその不合理なること又論を俟たない。

第三点原判決は、被告人が、北埼電工をして単身局扇の修理に赴かせたことを、その過失として認定したが右は誤認である。

(一) 被告人の供述によると、被告人は十六日午前五時三〇分頃電工詰所に於て北崎に対し局扇の点検修理方を依頼したところ、同電工は簡単に「リレーが働いているのだらう」と云つて被告人の依頼に応じた。「リレーが働いている」とはどんなことかその内容は知らなかつたが、電工の態度から推して大きな故障ではないと思つたことが右被告人の供述全体から窺知される。そこで被告人は三尺払風道と三尺ゲートとの分岐点に引き返し同所で充填パイプの修理をしていた小石吉太郎等と話しながら北埼が来るのを侍つた。それは、小石吉太郎等の作業の進捗状態から、間もなく充填が開始さるべきを考慮し、若し電工が局扇の修理の為その電源を遮断すれば(規則第二二七条)、右電源が充填の際の廃水を揚水するバーチカルポンプの電源と同一であるので、小石吉太郎に対し充填方を暫時待つて貰うよう話さなければならなかつたからである。

(二) 然るに間もなく同所に来た北崎電工は、局扇の電源を遮断することなく三尺払風道を上つて行つた。そこで被告人はいよいよ「リレーが働いているのだろう」と考え、そうすれば小石係員に充填を侍つて貰う必要がなく、間もなく充填が開始されることになるので充填警戒の為め配置していた高宮、石見、佐藤、三宅等の各作業員に注意を与えねばならないと考え、同作業員等が待機しているゲート坑道に廻つたのである。

(三) 原判決は、被告人が、坑内保安係員としての責任上、局扇の点検修理に赴く北崎電工に対し、「同払附近の可燃性ガスの滞留状況や、局部扇風機の運転によつて滞留していた可燃性ガスが流動し、危険の発生する虞れのあること等を告げて修理点検にあたつては万全の注意をするよう指示を与え」ねばならぬとした。

然し、

(イ) 同払風道詰大肩部には、かねて可燃性ガスが滞留するので、之れを排除拡散させる為め局扇を設置していたのであるから右局扇の運転停止により、ガスの滞留を来しているであろうことは、同炭鉱西卸作業員全体の常識として考えねばならぬことであつて、電工北崎と雖もその例外である筈がない。寧ろ北崎は、電工として局扇の用途と性能につき他の作業員よりはるかに専門的知識を有するものであるから、ガス排除の為め設置されている局扇の運転停止の結果については、之れ亦他の作業員以上に知るところがなければならない。斯くの如く作業員全体の常識であり、電工として特別知識を有する北崎に対し、払大肩部のガスの滞留状況を特に「告げる」必要はあるまい。況して右風道詰払大肩部を除くその他の場所、特に局扇のスイツチ座附近は、常時二〇〇立方米内外の親風が一分間五〇米内外の速度で流れて居り(小谷瑞穂鑑定)、従つてガスは〇・二%内外程度であつて、常に殆んど皆無に等しい状態であるから(折田修一鑑定)、北崎電工に対し之れを注意するの必要がないこと勿論である。

(ロ) 次に、局扇が廻転しない限り払大肩部に滞留しているガスは流動しない。而して局扇の再開(試運転を含む)は、前掲第二点(四)に於て述べた如く、法規上当該係員のみが之れを為し得るものであるから、被告人としては、北崎電工が被告人に連絡することなく独断でスイツチの「入」「切」をする等と云うことは夢想だにしていない。然もその夢想だにし得ないことに付ては法規上の裏付(規則第一〇四条)があるのであるから之れを以て被告人を批難することは相当でなく、既にスイツチの「入」「切」を考えていなかつたとすれば、その結果に因るガスの流動も亦当然考える余地がない。従つてガスの流動につき北崎電工に注意を与えなかつたことを被告人の過失とすることは不当である。

(四) 更に被告人が、局扇スイツチの電源を遮断せずして風道を上つて行つた北崎電工を見送り同人と同道しなかつたことを批難するのは不当である。

(イ) 既に前掲詳述の如く、払大肩部にガスが滞留していることは同卸の作業員である限り百も承知していることであり、而も同所に滞留しているガスは局扇が廻転しない限り流動しない。而して、局扇の再開は、法規上、当該係員たる被告人のみの専断事項であるから、被告人が之れを再開しない限りその廻転も亦あり得ない。更に電工が活線作業をする事や当該係員たる被告人に無断で防爆スイツチの蓋を開放することは、法規により厳禁されているのであるから有資格者たる北崎電工が、斯る法規違反をしようなどと云うことは予想し得べくもない。従つて同風道に危険を感ずるところがなかつたのであるから北崎電工を単身修理に赴かせたからと云つて之れを批難することは出来ない。原判決は、斯る場合に於ても北崎電工の修理作業に立会監督すべしと謂うものの如くであるが、当該係員たる被告人に斯くの如き注意義務ありとするならば、それは法規の存在価値を否定し、且つ分業制度による事業の運営を否定した議論であつて、此の議論を押し進むれば、事業を経営する者は、常にその従業員の作業に立会し、従業員をして法規違反をなさしめない様に、監督しなければならぬと云うことになり、その不当たるや論なきところであろう。

弁護人和智昂他二名の控訴趣意

一、(3) 本件に於て、被告人に果して、結果回避の義務が存したか否かを検討してみる。

イ まず繁をいとわず本件事故当夜の行動を左に詳記する。被告人が昭和三十二年十一月十五日午後十時に入坑後、本件事故が発生する翌十六日午前五時五十分頃までの間、如何なる業務に従事していたかは、被告人の注意義務を具体的に定める上に極めて重要なことであるに拘らず原審判決はこれを極めて簡単に記述しているにすぎない。

(A) 被告人は、昭和二十八年十一月、甲種坑内保安係員の免状を受け、同三十二年六月より新菅牟田坑の採炭係となり、同年九月二十日よりは西卸右一片三尺払の払、ゲート坑道及び肩風道を担当区域とし、保安係員の資格をもつて採炭準備方として「発破孔の穿孔」「爆薬装てん」「採炭の材料入れ」「機械の移設」「充てん警戒」「発破作業」等の作業を監督すると共に、右担当区域内の天井、炭壁の点検、ガス測定、局部扇風機の管理を担当していたものである。

(B) 以下当日の被告人の行動を証拠により詳述するが、後記有吉行動見取図一、二、三を参照されたい。昭和三十二年十一月十五日、被告人は、丙方(三番方)として、午後十時のケージ(人車)で立坑を下り十時五十分の人車で西卸にゆき、十一時半少し前頃西卸の坑内事務所に到着した。(イ) そこで被告人は、上脇、梅田に採炭の材料入れ、荒毛、正入木、宮元、植松に穿孔マイト装てんの有付をした。(ロ)十二時十分前頃(十一時五十分頃)事務所を出て材料坑道を通り三尺払風道を登つていつた。(検証第三見取図参照)途中同風道二ケ所(旧五尺ポケツトの処と、スイツチの四、五米上の処)でガス測定をしたが、その結果は、何れもガス含有量〇、五%であり、十二時すぎ頃大肩に着いたが、局部扇風機は、運転しており附近のガス測定の結果はガス含有量〇、二%であつた。それから三尺払を下り払中程のガス測定の結果は含有量〇、二%であり、更に払深の戸樋口の処で測定した処ガスは殆んど無かつた。(以下検証第二見取図の(二)参照)ゲート坑道の戸樋口附近と一号バーチカルポンプ附近において充てん警戒方に凝土の片付と柱を四、五本打替えさえ、被告人も之を手伝つた。(以上後記見取図その一)(ハ)ゲートをもどつて戸樋口から更に払を上つて肩に行つたが途中で充てん夫の黒川が「充てんが四時頃になる」といつた。肩に着いたのは午前一時頃だつたが局部扇風機は、運転しており、ガス測定の結果は、ガス含有量〇、二%であつた。更に戸樋口に引返し、戸樋口、一号バーチカルポンプ前、パンツアーコンベアーの処にそれぞれ凝土受を作らせたりパンツアートラフ片付等をさせた。このようにして十六日の午前六時甲方(一番方)から始まる採炭の準備の一部と水力充てんの排水準備が一段落ついたが、それがちようど午前三時頃であつた。(検証第二見取図の(二)参照)(以上後記見取図その二)(ニ)そこで被告人は、ゲート坑道を下つて、第三ゲートにまわり、ここでも細川と二人で水力充てんの排水準備のため、前日の石炭や凝土を片付けコンベアーでこれ等を流したりした。それが終つて又右一片三尺ゲート坑道にもどり、それを登つて戸樋口の処で高宮と共に一休みした。被告人は、充てんが始まるのは大体四時過ぎだと思い、充てんの際、流れでる水の処理と凝土の処理を指示するため、充てんが始まるのを待つていた。(検証第二見取図の(二)参照)(ホ)その時戸樋口より払を十米程肩の方に上つた処にいた、穿孔夫の宮元(採炭夫)が、コンプレツサーの風が止まつたので、砂(マイトをこめた跡につめる砂のこと)がつめられないといつた。風を送るコンプレツサーは午前四時三十分まで運転するが、停止後十分か二十分位は風が出るので、その時間は、大体午前四時四十分か五十分位と思われる。これは確実な時間である。(ヘ)そこで被告人は、払に上つて行き、採炭夫の者に、ギチ(粘上のツメ物)をつめておくよう指示して肩に行つてみた処、局部扇風機が止まつているのをはじめて発見した。この時刻は午前四時五十分か五時頃だつた。ガス測定をした処〇、三%であつた。風道肩の処に荒毛、正入木、植松の三人が居たが彼等は「スイツチが入らない」と被告人にいつた。(ト)そこで被告人は、左〇片にある電工詰所(検証第二見取図の(二))に行つたが、その途中充てん係の小石等がパイプ抜をしているのに会つた。その場所は旧五尺払風道入口の処だつたが、小石の話によるとパイプが割れていたので又詰つた為、パイプ抜きをしているといつた。電工詰所についたのは午前五時半頃である。被告人は、北崎電工に修理を依頼し、充てん方がパイプ抜をしている処まで引返したが、その時は右一片肩風道入口の処までパイプ抜は完了していた。そこでしばらくパイプ抜を見ながら電工を待つていた処、間もなく北崎電工がやつて来て、電源スイツチを切らずに右一片風道の方に登つていつた。間もなく充てん方は、パイプをつないで小石は「水を送れ」と電話した。被告人は、いよいよ充てんが始まると思い、行こうとすると小石が払に行くかというので「私はバーチカルポンプと局扇の元スイツチを見て深の方から上つて行きます」と言いゲート坑道の方に行つた。電源スイツチを見て(バーチカルポンプの操作に支障ないかを確める為)ゲート坑道に行き、警戒夫の三宅、石見、佐藤に充てんが始まることを連絡して戸樋口の処に行き、そこに居た警戒夫高宮にもパイプが割れて詰まつたため充てんがおくれたこと、然し、まもなく始まることを連絡しそこで一寸の間座つて休み、それから立上つて払に上つて行こうとしたとき、本件爆発が起つたのである。時間は午前五時五十分頃から午前六時頃の間であつた。

ロ 以上の被告人の行動の内、まず第一に問題になるのは、午前四時五十分頃、払の肩に上つていつて、局扇が停止しているのを発見した時であろう。この時、被告人が遵守すべき注意義務は何であろうか。原審判決の表現を、かりれば、次の如きものとなつている。(A) 前記電動局部扇風機が運転を停止するときは、…………を勘案し、同払大肩詰附近には、相当量の可然性ガスが滞留しているであろうことは直ちに予測され得ることであり、(B) 而して坑内においては、右の可然性ガスの流動等によつていかなる危険が発生するやも知れぬおそれがあり、(C) かかる場合には、同方の坑内保安係員たる被告人としては、まず該局部扇風機の停止していた時間等をできるだけ確認し、(D) 同払肩部附近における可然性ガスの測定を詳細に行い、(E) その滞留状況を明らかにする等して保安のために危険のおそれがあるかどうかを確認し、(F) ガスの滞留状況によつては、直ちに、当該局部扇風機や附近の電気機器への送電を停止し、(G) あるいは、附近の鉱山労働者を安全な箇所に待避させて、その作業及び通行を停止する等の措置をとり、等である。

ハ 然し乍ら、局扇が停止すると、大肩詰天井際にガスが停滞すること、その停滞範囲は時間の経過と共に広がるが、一定の広さになると、親風があるためそれ以上は広がらぬこと、このことは、坑内で働らいている者は誰でもが知つていることであり、被告人は勿論、北崎電工も亦これを知つていたのである。従つてこの停滞ガスに気付かなかつたと考えることは無理である。而して、この大肩詰天井際のガスは、そのままでは、作業員等に何等危険を及ぼすものでなく、流動爆発の危険すらないことは科学的に裏付けられており、これ亦坑内で働く者の誰でもが知つていた事実である。今、大肩詰天井際のガスの停滞状況を詳述すれば左の通りである。右一片肩風道の坑道には、大体一分間に二百立方米以上の風が毎分四十九米の風速を以つて通されており(これを親風という。)換気とガス拡散が行われ、坑内作業の安全が確保されているのである。(証人原悟の供述、検証調書、「四、検証の結果」の(四)の9、鑑定人小谷瑞穂尋問調書-証拠保全)処が坑道の天井、盤、壁には凹凸があり、この通気が完全に万べんなく、通るとは限らず、いわゆる死角が出来ることもある。本件三尺払の大肩詰の天井が本件事故当時この死角になつていたことは事実である。この死角の範囲は、検証調書「四、検証の結果の(四)の9、及び同調書別紙第二見取図の(三)の記載及び同調書別添の写真(一)によれば、詰の角の所より風道の壁沿いに二・六米、払面沿いに一・七米、肩延先において天井より大体〇・四五米の厚さで、この厚さは、風道壁沿いに二・六米、払面沿いに、一・七米の処で零となつている。(鑑定人折田修一尋問調書添付の図面の平面図、従断面図の各赤で示された部分、鑑定人井上章の尋問調書)即ち、天井際に、肩延先を頂点とし、両片が大体二米位の三角形をなして、停滞することとなる。炭壁から流出するメタンガスは、この範囲に停滞し、その量は、鑑定人折田修一の尋問調書(証拠保全)に記載されている通りである。而して、このガス量は、一定時間を経過して、この範囲に停滞すると、その後は時間が経過しても増すことなく、減ることもない。というのは炭壁からは逐次ガスが流出し、大肩詰の隅の天井際の死角に溜るが、このガスが右の死角を越えて、それ以上に停滞しようとしても、死角の外は、前記の通り親風が通つており拡散されてしまうからである。従つて、濃度の濃いガスは、あくまでこの死角の範囲に止まり時間がいかに経過してもその外に充満し、スイツチ附近或いはその他にまでガスが停滞することは、絶対にないのである。処で、本件局部扇風機のスイツチの位置は検証の結果明らかなように、肩の詰より風道の肩壁沿いに十四米八〇糎の位置にあり、(検証第二見取図の(三)第三見取図)前記死角の範囲(濃いガスの停滞する範囲)より十二米二〇糎も戻り側にあることになるから死角内の濃いガスがスイツチの位置に達することは距離的に絶対にないのである。以上によつて明らかなように、大肩詰のガスの停滞は、それのみによつては、坑内に何等、具体的危険を感ぜしめる要素を含んでいないわけである。被告人に何等かの注意義務を認めるためには、前記広島高裁の判決にもあるように、この際、具体的にいかなる危険があるかを、何人でも納得できるように説明しなければならない。即ち、その危険があると認めるのが合理的、科学的でなければならない。然るに原判決は、前記(B)の如く、単に「而して坑内においては、右の可燃性ガスの流動等によつていかなる危険が発生するやも知れぬおそれがあり」と説明するのみで、いかにして科学的にガス流動が、おこるか全然説明していない。「いかなる危険が発生するやも知れぬ」というだけでは、事故が発生したという結果から逆に考えてそういう状況であつたと想像しているにすぎない。又、原審証拠によつても、ガス流動がおこることを認めしめるものはない。停滞ガスがひとりでに流出することは科学的にはまず考えられない処であつて、原審判決のこの危険発生の認定は全く非合理的である。従つて原審判決が認める(C)乃至(G)の各注意は、この場合、全くこれを必要としない処のものであるが、更に、(C)の停止時間確認は、大肩詰天井際の停滞ガスが時間の長短によつてその量、濃度に増減を生じないことから、不必要なことであるし、(D)のガス測定は、大肩詰天井際以外には危険なガスは存しないから被告人が実施した局扇附近の測定で十分であるし、(E)の危険確認は、滞留(停滞)状況がわかつているので、それ以上の確認は不必要であり、(F)の送電停止、(G)の待避等の措置については、原審判決は「ガスの滞留状況によつては」というけれど、大肩詰天井際のガス停滞状況は、前記の通り明らかに判明しており、他にガス滞留の状況がないことも明らかであるのであるから「ガス滞留状況によつては」と仮定の前提を設け、これに対する注意を要求するのは、事実を無視した議論である。本件の場合、送電停止をし、待避、作業、通行停止をさせねばならぬようなガス滞留があつたとは到底認められない。かかる状況下において、原審判決が、被告人の注意義務を認めたのは、正に前記の如く「自動車運転手は、前方に自転車を発見したときは、直ちに停車すればそれが最も確実に結果の発生を回避すべき決定的手段であつた」というに等しく、本件においても、具体的危険発生の合理的蓋然性が証明されない限り、過度な義務の要求であるとのそしりをまぬがれることはできない。

ニ 次に、被告人の行動の内、問題になるのは、被告人が、北崎電工に修理を依頼して、ゲート坑道に行つた点である。この際被告人は、如何なる注意義務を負うべきであつたであろうか。原審判決は、この点につき次のように述べている。(A)「又修理にあたる電工(原審判決は、電工はガス爆発等坑内保安についての知識経験に乏しいことを前提にしている。)に対しては、同払附近の可燃性ガスの滞留状況や局部扇風機の運転によつて滞留していた可燃ガスが流動し危険の発生するおそれのあること等を告げて、修理、点検にあたつては、万全の注意をするよう指示を与え」(B)「あるいは、局部扇風機の運転再開によつて、可燃性ガスが流動し、危険があるときは、当該箇所で監督し」(C)「エア、ジエツト等安全な方法で可燃性ガスを排除しておいてから運転を再開する等の適切な措置をとり」等と注意義務を設定する。これを要約すれば、指示と監督とガス排除のようである。まず(A)の指示の点である。この点につき原審判決は、「同払附近の可燃性ガスの滞溜状況」というが、同払附近に可燃性ガスが滞溜していた事実はない。原審判決も前段においては「同払大肩詰附近には相当量の可燃性ガスが滞溜していることが予測され」と説明し、この部分に至つて突如「同払附近の可燃ガスの滞溜と述べているのは、どういうわけであろうか。同払大肩詰附近(その範囲は前記の通り略々一定している。)と同払附近とでは、被告人の注意義務を考える上では大へんな相違である。大肩詰天井際のガス滞溜は一定範囲に限られており、その事自体、具体的危険発生の蓋然性は、無いのであるから滞溜状況を告げることは、無意味であり、義務づけることは、酷であろう。又局扇の運転によつて滞溜ガスが流動する危険を告げよというが、局扇の運転再開は石炭鉱山保安規則第一〇四条三、四、五号大之浦炭砿保安規程五九条ノ四、三項につよて、保安係員が施行し電工が行うものではない。この規則は、防爆スイツチの蓋開放禁止(大之浦炭砿保安規程第一三二条二号)電源遮断の規定(旧石炭鉱山保安規則二二七条)と共に最も重大なものであつて、このような規則は有資格者としての北崎電工は、百も承知しているのであり、北崎は、自ら局扇を運転してはならない義務、蓋開放禁止義務、電源遮断義務を負担しているのであつて、このことと局扇の運転、蓋開放が従来電工によつて勝手に実施された事実がないことに鑑み、被告人としては、このことを念頭において、保安係員として与えられた作業に従事すると解するのが当然であろう。(前記広島高裁判決)このような場合被告人が、北崎電工は、勝手に、局扇を運転するおそれはないものと認めて修理を依頼し、自らの他の緊急の作業に従事するのが、むしろ合理的であると解せられるのである。してみれば、被告人が、北崎電工に対し、局扇の運転をしてはいけないと注意を告げることは、結果からみれば望ましかつたかも知れないが、これを業務上の注意義務とまでいうのは、ゆきすぎであろう。局扇を運転しても、滞溜ガスが、可燃性のまま、スイツチ附近に流動するのは、事故後の数回の実験の結果によつてもわかるように極めて稀であるが、運転さえしなければ自然に流出することは、絶対にないのであるから、運転するなと告げる義務がない以上「運転によつて可燃性ガスが流動し危険の発生するおそれのあることを告げる」義務もないであろう。何故ならば、北崎電工は、局扇を運転、再開してはならない義務があるからである。北崎電工が規則を遵守しないことを前提にして、被告人に注意義務を課せられたのでは、多数の連絡業務に従事し、又多数の部下を指揮する場合、常に規則をくり返して告げ、又相手が規則を守らないことを前提にして措置をとらねばならず、業務は停屯するばかりであろう。問題は相手が規則を無視しているのを現認し、或いは、無視するおそれがある時に、はじめて注意を与える義務が発生するということである。処が北崎電工の場合、このような心配を、どこにも発見することはできない。(B)において、原審判決は、監督義務を設けているが、運転再開は保安係員たる被告人が自ら行うものであること、前記の通りであり自ら再開する時には石炭鉱山保安規則第一〇四条、大之浦炭砿保安規程五九条ノ四、三号に従つて、色々の保安上の注意をして実施することになるのである。従つて北崎電工が、自ら運転再開することを前提にして当該箇所で同電工を監督する義務もないし、又その必要があるような規則、規程、違反の具体的危険発生の蓋然性を発見することはできない。(C)において、原審判決は、ガス排除の義務を認めているが、局扇が停止しているのみの状態から直ちに、大肩詰のガスを排除せねばならぬ義務は存しない。それは、それのみによつて、科学的に具体的危険発生のおそれがないからである。被告人が運転再開する際には、その時のガス状況、その他の坑内状況を調査して、再開しなければならない。本件においては、被告人が運転再開時の注意を怠つたという事実は、存しないのであるから(C)の如き注意を被告人に要求すること自体無理である。更に原審判決は、「同払にいわゆる親風のとおつていることから危険はないものと速断し」と説示するが、局扇が停止し、大肩詰天井際にガスが滞溜しても、そのことのみによつては、流動のおそれもなく、他に危険のおそれがないことは、科学的に証明できることであるし、これ又坑内で働く者なら誰もが知つていることである。従つて被告人が危険がないものと速断するのは至極自然である。原審判決が何故に速断してはいけないというか理解に苦しむ。原審判決は「………点検を依頼したのみで、同人(北崎電工)を修理に赴かせた。その結果、(A) 北崎がガスに気づかず、(B) 該局部扇風機の電源を遮断せず、(C) 防爆型スイツチの蓋を開放し云々と、北崎電工の行為を説明しているが、北崎が局扇が停止した場合の大肩詰天井際のガスに気づかぬはずはないし、電源不遮断、蓋の開放禁止に至つては、前記の通り石炭鉱山保安規則、大之浦炭砿保安規程上厳に規定されており、北崎電工がこれ等を守らないで修理をする場合があることを前提として、注意をせよということは土台無理な話であること、前記運転再開の場合に論じたと同様である。そんなことをいえば、誰でもが何をするかわからない。規則、規程は常に無視されることを立前として注意せよというに等しいこととなる。凡そ過失というものは、何等かの具体的危険が発生するおそれがある状態であるにかかわらずこれを見誤つて、防止の措置をとらずにその危険を発生せしめた場合に問題となるのである。そこで、果して事故前に、具体的危険発生のおそれがあつたか否かを判断しなければならないこととなるが、これは交通事故の場合の如きは一応常識をもつて考えられ得るであろうが、医術・機械・採鉱の問題になつてくると、果して、具体的危険発生のおそれがあつたか否かは、専門的知識に待たねばならない。本件の如く、ガスが大肩詰天井際に滞溜していたことから、ガスは危いものとの極くありふれた常識を前提として、危険な状態にあつたと速断することは、厳に慎しむべきであろう。専門家の知識に耳をかたむけるべきである。更に、具体的危険発生のおそれありや否やの判断の素材ともなるものは、物体の状態・水・空気の状態・天候の状態・人の行動等色々のものが考えられるが、或人が、或事を知らない、或いは守らないという事も一の素因となり得るであろう。然しその為にはこの不知或いは不遵守を、推認せしめる要素が何か存在せねばならない。原審判決は、只慢然、「電工はガス爆発等、坑内保安についての知識・経験に乏しいのであるから」と説明するのみであるが、北崎は、石炭鉱山保安規則上の有資格者であり、一応坑内のガス状況等も、吾人よりは、はるかに知識を持つていると考えるのが当然であつて、若し、北崎電工が、運転再開、電源遮断、スイツチ蓋開放に関する規定を知らず、又この規定を守らないおそれがあるというのならば、具体的に、これらを裏付ける事実を明らかにする必要があるであろう。

四、各証人、被告人の検察官に対する供述は「これだけの事故を起して、それですむのか」という強い係官の態度に対して、事故直後の異常な心理の下になされたものであつて、全面的にそのまま受取ることはできない。業務上過失の事件の場合は、何時もそうであるように「どうしたら防くことができるか」という命題の下に結果的に「こうすればよかつた」「ああすればよかつた」という事が考えられ、又検察官の前でそのように供述されるが、これは業務上の注意義務を定めることにはならない。又坑夫の検察官供述調書が提出されているが、証人尋問の時に既に裁判官に於て知られたように、調書に記載されている程明確な言葉を使用するものは居らず、調書の作成自体いささか強引な感をいだかざるを得ない。例えば高宮勝証人の如きは、検事の調書に於ては「三十分位私も有吉もウトウトしていた」と述べているが、被告人が電工詰所にいつたのが五時三十分頃で、それから右一片肩風道入口の処で充てん係の小石と相談して高宮の居る戸樋口の処にきたのが五時五十分頃であり、事故は五時五十七分頃となつているので、高宮と一緒に三十分もウトウト仮眠する時間はない。高宮自身がウトウト仮眠していたことは、本人が証言した処であつて、それでは被告人の行動がわかるはずはなく、証人調書では「有吉さんが寝ていたかどうか私にはわかりません」と述べ、又このように仮眠する者がおるからこそ被告人は充てん警戒をせねばならないのである。高宮証人調書に「検事さんが何時頃じやろうといわれたのでその頃でしようといつたのです」とあるように、高宮証人が誘導され易い証人であることは、証人調の際裁判官に於て十分に感知されたことと思う。

五、予見義務の問題。

まず次のような判例を一見してみよう。(A)「……「被害が構内に立入りたることが駅助役において予期せざりし偶然の事実なりと認むるを至当とするのみならず……」(東京地民大正十五年)-井上教授過失犯の構造八二頁。(B)「本件のように三輪車に乗つた幼児が車道中央に近い付近を自動車の方に進行してくるというような異常な事態を認めたときは、……たえずその進行状況に注意……その所在を確認した上、運転を開始する等……自動車運転手として望ましいところではあるが、常に……その行方を探索確認した上でなければ発進しないという業務上の注意義務があると解することは……高度の注意義務を課する結果となり」(東京高判昭和三一、二、二一)-井上教授過失犯の構造一二三頁。本件の場合も、これ等の判例からみて、北崎電工が、電源不遮断、スイツチの蓋開放運転再開等思いもかけぬ規則違反を犯すことは被告人において予期できないことであり、従つて又それらの規則違反を原因とするガス流動等は、ますます予見不能の場合に該当すると考えるのである。而して、これ等のことを凡て予見し、北崎電工の傍に居て逐一注意を与えることを要求するに至つては、正に望ましいことであつても、高度の注意義務を課す結果となるであろう。茲で再び前記広島高裁の判決を思い出さねばならない。「規則」はお互いが守ることを念頭に置いて自己の行動をとつた場合は、その行動は許さるべきことをこの判決は教えている。複雑な企業組織内において、それぞれの担当者が複雑な分業形態によつて仕事を進めるとき業務過失の問題は、一面において高度の注意が要求されるが、その反面、それぞれの担当者が、自己に課せられた規則上の義務を遵守することが期待されると共に、各人は、これ等が遵守せられることを念頭において自己の任務を遂行する以外にないのである。これが近代企業の要求であろう。

(その他の控訴理由は省略する。)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例